研究期間 2019(令和元)年度~2023(令和5)年度
領域名 身体-脳の機能不全を克服する潜在的適応力のシステム論的理解
領域略称 超適応(領域番号:8102)
領域代表 太田 順(東京大学 大学院工学系研究科 人工物工学研究センター 教授)
Science of hyper-adaptability
図1)領域の全体構成図

本領域の目的

未だかつてない速度で超高齢化が進む日本では、加齢に伴う運動機能障害や高次脳機能の低下、さらには認知症、意欲の低下、気分の障害、ひいては、極度の身体・脳機能の低下(フレイルティ)などが喫緊の問題となっている。健康な生活を脅かすこれらの多くの深刻な問題の背後には、加齢や障害によって変容する脳–身体システムに、我々自身が上手く「適応」できないという共通の問題が存在している。
 人の身体、脳は例えば、「脊髄の損傷で片手が麻痺しても、脳が発達の過程で喪失した同側運動野からの制御を再度活性化して、麻痺した手を通常とは異なる神経経路で制御する[Isa, 2019]」等の高い冗長性を有している。
 このような事実を踏まえて、我々は「超適応」の解明が上述の「共通の問題」を解決に導くと考えている。これは、従来の身体運動科学が扱ってきた「通常の適応」とは明らかに異なる。
 脳機能への障害に対する神経系の超適応原理を脳神経科学とシステム工学の密な連携によってアプローチし、急性/慢性の障害及び疾患やフレイルティの原理を包括的に理解することが本領域の目的である。

本領域の内容

人は急性/慢性障害及び疾患や高齢化に伴うフレイルティの場合に、普段抑制されている神経ネットワークの脱抑制や、進化や発達の過程で喪失していた潜在ネットワークの探索・動員等により、新たな神経ネットワークを作り直す。我々は、この機能代償の過程を「生体構造の再構成」と呼び、超適応を可能にする具体的な神経実体と考える。この再構成された神経ネットワークをうまく活用して運動機能を実現するためには、これを利用して、現状の脳・身体を正しく認知し、適正な運動制御のための新しい制御系を獲得する必要がある。このためには、積極的に意欲をもって、高コストな新規ネットワークを駆動し、認知–予測–予測誤差処理の計算を反復しながら、このネットワークの利用を強化する必要がある。このような新たな制御空間で再び行動を適正化するための学習サイクルを、「行動遂行則の再編成」と呼び、超適応を可能にする神経計算原理と考える。
 上記の一連の仮説を検証するためには脳神経科学の知見が必須である。しかしながら実験解析的なボトムアップアプローチのみでは、神経ネットワークのシステム的挙動により発現する超適応の解明が困難である。そこで本領域では、システム工学の構成論的数理モデル化技術と脳神経科学を融合した学際的アプローチを展開する(図1)。その融合技術基盤として、「ウィルスベクターや光・化学遺伝学的方法論、脳刺激法等の介入脳神経科学手法に、ロボット工学・Virtual Reality技術によって感覚・運動情報を時間・空間的に統制できる実験系を融合することにより、脳活動と機能との因果性の検証を実現する」ロボティック介入脳神経科学法と、「これまでの精緻な脳神経科学研究により得られた各領野の機能に関する知見を組み入れたモデルを構成し、その内部パラメータや領野間の関係をニューラルネットワーク等の柔軟な関数近似器で記述したり、統計的手法によりモデルの構造を推定したりするグレイボックスモデリングを行う」機能推定可能な脳情報デコーディング法という2つの新たな解析法を採用する。

期待される成果と意義

本領域では以下の成果と意義が期待できる。

  1. 超適応の単なる現象論の記述を超えて、これを発動する神経メカニズムの解明と数理モデル化による「超適応の科学」という学問分野の体系化
  2. 電気生理・脳イメージング・行動データなどのマルチモーダルな情報を統合して機能を記述できる数理モデル化手法(グレイボックスモデル)の構築
  3. 構造変化や行動遂行則変化を統合した生存適応原理を説明可能とする理論構築

また、領域終了後に想定できる波及効果として「高次脳機能障害(認知症に代表される脳変性疾患や脳卒中)への新しい対処法の提案」や「高齢化に伴うフレイルティの0次予防法の提案」等が考えられる。


キーワード
超適応 [hyper-adaptability]
現在用いている既存の神経系では対応しきれない脳や身体への障害に対して、脳が、進化や発達の過程で使われなくなった潜在的機能等を再構成しながら、新たな行動遂行則を獲得する過程